Prinkun

ナチュラルな心で、感じたことを言葉に

バケモノの子に心あたたまりました。

先週の金曜ロードショー

細田守監督の「バケモノの子」でした。

細田守監督の作品は、あまり見たことがなかったのですが、

最後までみて、じんわり心が温かくなるような作品でした。

 

 

人生の中であまりに多くのものを失い

何がどうなってるのか

大切なものは何なのか

自分は何をしたいのか

何をしなければならないのか

戸惑いの中に閉じ込められる日がありました。

 

そんな私が

なんとかここまで生きてこれたのは

ただ

ひたすら

そばにいてくれる人がいてくれたからです。

 

どこを向いていいかわからなくても

悲しかったり寂しかったり

自分の感情さえ

つかめなくなっても

そばに人がいてくれれば、

笑っている自分を見ていてくれる。

元気のない自分、言葉のない自分を

そばにいて

観ていてくれた、感じてくれた。

お酒を注いでくれた。

 

クマテツのように

ぶっきらぼうで、

不器用で、

何度も喧嘩した。

でも

一人になると

とてつもなく不安で、

朝起きたときに、相手のことを考える

人は相手があるから

生きていける

相手があるから

そっちの方をみることが出来る

自分のことを考えられない分

相手のことを見て責めて

そうやって

どれだけの季節を生きてきたか。

 

少年は自分と向き合う時期を迎え

 

クマテツ

少年を失うことの寂しさを感じつつ

少年の前では、闘いに負ける姿をみせることが出来ず。

挑み続け勝利を勝ち取った。

その勝利に、僻みクマテツに刀を投げつけた人間の子。

 

人間の心の闇を知り

一人でその心の闇との戦いに挑む少年。

クマテツは意識が戻ったとき

自分の傷だらけの身体をおして

自分が神となり、少年の剣になる道を選んだ

そして少年は、闘いに勝つことが出来た。

 

最後まで見て

ふと

思ったのは

自分の人生の中で、

クマテツが確かに

いたということ。

あの場面で

この頃の私に対して

そういった大切な宝物を抱えながら

今の私がいる。

 

今でも、自分を自分で支えきれなくなる時もある。

そんな時

ただそばにいてくれる人

ただ寄り添って私をわかってくれる人

そんな人たちのことを

とても愛しく、

大切にしていきたいと思える

 

さりげなく

心に元気をくれるような

作品でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林住期

林住期って知ってますか?

人生を4つの時期に分けて考える四住期の中で、

学生期、家住期、の次に来るのが林住期

そして、最後が遊行期となるそうです。

何となく、漢字を見て、なるほどと納得できますよね。

 

子供のころは親の保護されて、日本では義務教育を受け、

さらに高等教育、専門的知識など、

いろいろなことを学びます。

 

 落ち着いたころに、家庭を持ちます。

結婚してもしなくても、

家という自分の居場所を手に入れ、

そこを大切に守っていくことが

人生の目的であったり、生きがいであったり。

家に住む時期となっていきます。

 

そして、50代、

この世に生を受けて半世紀、

世の中も、社会もいろいろ変わっていくなかで、

人生について、また、様々なことを思います。

林に住む時期と書きますが、

社会からちょっと離れた目で、社会を見守り、

ちょっと離れたところにいて、自分自身を知り、

仕事を引退して

ゆっくりと人生を考えるべき時期ということでしょうか。

 

そして最後が遊行期とあり、

周りの気づかいや、苦労をわかりながらも、

自分のやりたいように生きていけばいいということでしょうか。

 

実は私、まだこの本を読んではいないのですが、

タイトルにとても興味を持ち、

本が手に入る前の今から

いろいろ考えを巡らせてしまっております。

 

五木寛之氏が何を書きたかったのかなど

とてもわかりませんが、

私なりに、この林住期という言葉が好きで、

今の私は林住期と思うと

心がほっと元気になってくる感じがするのです。

 

 

人生100年時代と言います。

60過ぎても、70になっても

働かなければ生きていけない時代ですが、

私達、ここで、

ゆっくりと人生を振り返り、周りを離れたところから見守ることが必要な時期にきているのではないかとも思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庭に咲いた植物は、どれも私にとって必要なもの

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 家のバラが咲きました。

今年は、遊びにいくこともなかったため、

おうち時間も長く

いろいろ手をかけてあげることが出来ました。

素直に、

手をかけた分、きれいに元気に咲いてくれています。

私のお肌もこうであってくれたらいいのにな。

 

今年はドクダミを干してお茶にして

ドクダミ茶も作りました。

十薬と言って、十の効能があるとか。

早速、毎日朝1杯ずつ飲んで

仕事に出かけています。

身体の中の悪いものを排出してくれることを願って。

 

「自分の家に這えてきた草は、

その人にとって必要としているものだって言うよ」

と昔、誰かに教わった気がしたけれど、

どうしても、ドクダミは好きになれなかった。

毎年、庭いっぱいに根を張り巡らせ、

どんどん増えていくドクダミが許せなかった。

かといって、こまめに草むしりするのも嫌で、

耐えられなくなってようやく

全部絶やしてしまう勢いで

挑むものだから、

この時期の草むしりは、苦痛以外のなにものでもなかった。

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こんなにきれいな花なのに、

同じ花を濁った眼で見ていた気がします。

 

心に余裕があるということは、

こんなにも

人の心を変えてしまうものなんですね。

 

自分の周りに目を向けられるようになれた幸せに

感謝しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草むしりの忙しい季節

 

 

 暑くなってきました。

目に入ってくるのは、

草花の美しく咲く姿と、

みどりに生い茂った山々、

そして

庭や道端の草たちも元気に伸びてきています。

今日は、今年の草むしり事情特集です。

  • 庭のドクダミについて

    我が家の庭では、毎年この時期になると、ドクダミがどんどん増え始めます。まるで、自分のためにだけ場所があるかのように、根を張り巡らせ、抜いても抜いてもお構いなしに増えていくのです。抜く方の身としては、毎年、この時期ストレスになっているのです。 

  • ところが、先日友人と話していて、ドクダミはお肌にいいと聞きました。化粧水にして使うと、ニキビが治るのだとか。肌の弱い人にはいいのかもといった話になり、今度草むしりして、ドクダミを採取したら、化粧水を作ってプレゼントしてあげるということになりました。
  • 自分も肌が弱く、特に夏になると、草に負けるのか、虫に刺されたのか、下着が触れるだけで痒くなったりします。自然のものなので、化学物質も入っていないし、この痒みが治ったらどんなにストレスが減るだろうと考えたのです。
  • いろいろなところから調べてみました。調べれば調べるほど、ドクダミの効果がわかり、ワクワクしてきました。ドクダミ茶にしても、身体に良いそうで、お茶や化粧水にした段階では、あの嫌な臭いも消えるそうです。
  • 採取時期は、花が咲き始めたころ、その頃が一番効果があるそうで、今、まだ蕾の状態。なぜか、花が咲くのを楽しみにしている自分がいて、驚いています。
  • 畑の草むしり

  • 畑にはスギナがたくさん生えてきます。畑に行くたびにこまめに抜いてあげて作物の成長を妨げないように神経を使っています。スギナについてもハーブティーとして飲んだりしていることに気づき、自分でも乾燥してチャレンジしてみようという気になりました。
  • するとどうでしょう。あんなに嫌だった草むしりを精力的にやってきました。かごを持って行き、いっぱいになるまで、採ったのに、さらにもっと生えていないか探しながら、畑にあるすべてのスギナを採ってきました。
  • さらに、疲れたとも思わず、それを洗って根をとり、天日干しまで、一気にやってしまっていました。よくやったというより、そんなことの出来る自分を再発見しました。好きな事ならどんどん進めていける、こういうの好きなのかなとも思ってしまいました。
  • その日の入浴剤にし、ローションをつくり、頭皮に塗り込み、スギナの効果を検証中です。
  • 薔薇の足許の草

  • 薔薇の木の足許にもいろいろな草が生えてきます。私は、あえて、自然っぽくていいと思い、見苦しくならないうちは、伸び伸びと生えさせていました。
  • ところが、最近ユーチューブでガーデニングのついて見ているのですが、薔薇の病気になって落ちた葉が土を介してまた病原菌を供給しているという話を聞きました。自分は落ちた葉もそのままにしており、これはいけないと、あわてて、薔薇の足許をきれいにしてあげました。去年の落葉以外に、こんなに育ってと思う雑草ハーブに圧倒されてしまいました。

  • まとめ
  • 今年の我が家の庭は今のところ、きれいです。
  • 草花のためにいろいろ自分でも学びながら育てるようになったので、手をかけているというか、管理が行き届くとまではいかないまでも、管理している気はします。
  • 雑草といわれる草でも、自分の見る目、見方一つで、全然向き合う気持ちも変わってきて、ストレスと思っていたことが、自分の楽しみになっていたりもするということがわかりました。
  • 私の強みは好奇心かもしれません。そして、「こうなっちゃった、どうしよう」と言うより、「こうならないためにこうしよう」と言えることが、自分の自信というか、草花に対する責任のようなものに繋がっていく。そして、育てているという覚悟につながっていくような気がしました。

 

 

 

 

 

これが私のプレイリストだ

  1. The rose
  2. いのちの歌(茉奈佳奈
  3. 奇跡(さだまさし
  4. キセキ

 

1.The rose

ヘッドミドラーのダイナミックな歌い方も好きですが、

手島葵の透き通った優しい歌声で歌われたものがとても好きです。

日本語に訳されて

「愛は花、君は種子」として歌われていますよね。

歌詞の意味を知るより先に

何かの映画の挿入歌として流れてきた曲に惹かれました。

ひそやかに優しく、もの悲しい、それでいて澄み渡っているような空気感。

悲しい映画や、主人公が一生懸命に生きてきたドラマなど。

従妹が亡くなったときの葬儀場で、

ピアノでこの曲が流れたときには、

その音色そのものに涙がとまりませんでした。

 

Some say love  it is a river.

That drowns the tender reed.

Some say love it  is a  razor

That leaves  your  soul  to  bleed

Some say love  it  is  a  hunger

And  endless aching  need

I say  love  it  is  a   flower

And you  its only  seed

It's  the  heart  ,afraid of  breaking

That never  learns to dance

It's the dream ,afraid of waking

That never  takes the chance

It's the  one  who wan't be taken

Who cannat seem to give 

And the soul,  afraid of dying

That never  learns to live

When the night has been too lonely

And  the  road  has been  too  long

And you think that love is only

For the lucky and the strong

Just remember  in the winter

Far beneath the bitter  snows

Lies the seed that with the sun's love

In the spring become to rose

 

(訳詩に関しては、これが一番好きです)

愛は優しささえ流す川のように

愛は傷つけあうナイフによく似て

人は言うわ。愛は苦しく終わりのない夢。

愛は花、そしてあなたはその種。

こころが傷つくことを恐れて踊れない。

目覚めること、怖くてチャンスつかめない。

愛をなくしたくない。だから与えない。

魂は死ぬことを怖れ、学ぶことなく。

 

孤独な夜のそと

道は遠くて

愛なんて他人事と思っているでしょう。

思い出して深い雪の下で、

眠っていた種は、太陽を浴び、

春にバラになる。

 

2.いのちの歌

この曲は竹内まりやの曲ですが、

私は茉奈佳奈の高音のデュエットでの歌い方が好きです。

丁寧な歌い方で、ハモリのメロディーはキラキラと輝くように聞こえてくるのです。

「この星の片隅で巡り合えた奇跡は、どんな宝石よりも大切な宝物」

「泣きたい日もある。絶望に嘆く日も。そんな時そばにいて寄り添うあなたの影」

「いつかは誰でもこの星にさよならをするときがくるけど、命は継がれていく。」

「生まれてきたこと育ててもらえたこと」というところでは、

いつも歌いながら涙ぐんでいる私がいます。

この歌を聴くたびに

大切に生きていかなきゃと思うのです。

 

3.さだまさしの軌跡

コマーシャルで流れてきますよね。

一生懸命介護に向かう姿勢。

自分が傷つきながらも相手のことを思いやる気持ちに

とてもこころが洗われる気分です。

そしてこの歌の歌詞も

「どんなにせつなくてもい、必ず明日は来る」なんて

失意のどん底にいる人を

暖かく、包んでくれているようで、

こころがあたたまるのです。

心が疲れた時は、

運転中ずっとこれをリピートしてかけて、

心をリセットします。

 

4.GReeeeN    キセキ

この曲は無条件に聞くと元気の出る曲

リズムに乗って、

思わず体を動かしたくなるような曲

前向きな歌詞も大好きです。

 

5.コブクロ  桜

コブクロは、大好きで、

コンサートに行ったりもしました。

この人たちの曲はみんな

あたたかい。

そして、一緒にコンサートに連れて行ってくれた

今は亡き先輩との思いでに

またこころが暖かくなるのです。

 

6. 糸

中島みゆきの糸を、いろいろな人がカバーしてますが、私は

辛島みどりのカバーが好きです。

辛島みどりの透明感のある声と、

シンプルなピアノの伴奏

後半はチェロの重厳な響きが

ちょっと渋く、大人っぽくて素敵です。

 

 

 

 

 

 

 

 

雨の日はお酒でものみながら

雨が降ったり、どんよりした日が続いています。

気分までどんよりしてしまい、何をする気も起きなくなってしまいました。

 

購読しているブログで、クリフトンストレングスという言葉を知り、

yuzuta.sit

 

 

 

 

 

自分は、どんな強みなんだろうかと想像しますが、

浮かんでくるのは、欠点ばかり。

コロナがはやってきてからは、

外にでることも、友達と会うことも少なくなり、

社会から孤立しているような気持ちが

どんどん強まってきてしまいます。

 

そんな中でもあり、今日は自分がどんな生き方をしたいか、

ストレングスではないけれど、

これまでの生い立ちの中での自分を見つめ直し、

これからそれを、積み上げていくには

どの方向を向いて、どんな風に生きていけばいいかを

とりとめもなく、考えていました。

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父のこと

  • 大好きだったパパ

幼いころ、私は父のことが本当に大好きだった。

我が家では、母親がしつけ教育係で厳しく、

父親が、優しく見守ってくれる立場にいて、

父親には優しく遊んでもらった記憶しか残っていない。

 

自分が長女であったこともあったのかもしれないが、

とにかく父も可愛がってくれた。

男の子に間違われないように、髪の毛を長く伸ばすことにした。

お風呂で髪を洗ってくれるのは父、

休みの日には、おめかししていろいろなところに連れていってくれた。

クリスマスの教会や音楽会、好きな野球観戦など。

 

弟の身体が弱く、入院することも多かった。

母がいつも付き添っていた。

私は父と二人で、金魚ねぷたをお土産に、お見舞いに行ったけど、

無菌室に入っていて、弟に会うことも出来なかった。

弟のことがとても心配で不安になってしまった私を気遣い、

父は「大丈夫だよ」と優しく言って、公園で遊んでくれた。

 

父親が長期出張で数か月、家に居なかったことがあったが、

帰ってきた父親に抱きついて、号泣した自分を覚えている。

それだけ、寂しかった、それだけ我慢していたのだ。

 

私から見て、父は誰よりもかっこ良かった。

運動会で走って1等じゃなくても、

父は靴のせいにして言い訳していたけど、そんなのどうでも良かった。

私が走って、父が見に来てくれた。

それだけで嬉しくて、みんな友達に見せびらかしたい気持ちだった。

 

きっと小さいときってみんな、自分の親のことをそう思うんだろうな。

 

  仕事と家族、どっちが大事なの? 

大きくなって、学校に行くようになったら、父も忙しくなってきた。

朝は私たちよりずっと早く家を出て、夜は私たちが寝てしまってからでないと帰ってこなかった。

休みの日でも仕事で、家にいることもなく、家族で遊びに連れていってくれることも滅多になかった。

お母さんのこと、兄弟のこと、勉強のこと、友達のこと、話を聞いてほしいことがたくさんあったのに、

父と顔を合わす時間が少ないのと、話をしてもゆっくり聞いてもらえなかった。私は、うっぷんを手紙にして父に渡したことがあった。

「お父さんにとって、仕事と私たち家族とどっちが大事なの?」と。

父は丁寧に答えてくれた。

「お父さんの仕事は、部下の人一人ひとりの生活がかかっているんだよ。その一人にそれぞれ家族があるんだよ。うちは6人家族だけど、お父さんの肩には、何百人の人の生活がかかってるんだよ」と。

私はとても悔しかったのを覚えている。

仕事に負けたような気がした。

 

    壊れた かけら

 

我が家は、父の転勤に従って家族で引っ越しをした。

転勤族だった。

転校ばかりしていた。

 

はじめのころは、みんなの元気と明るさで、なんともなかったけど、

高校性くらいになって、

弟は、ぐれ始めた。

父も夜遅くまで、営業の仕事で、お酒の量も増えていた。

私も大学進学で頭がいっぱいになっていた。

 

気がついたら、父と母の離婚

そして、弟、私、妹と、順に家を離れた。

 

父が会いに来てくれたことが何回かあったけれど。

けど、まるまる10年以上父と会わなかったし、

父のことを考える余裕もなかった。

 

多分、兄弟みんなそうだったと思う。

母方になったから、父は悪者に思われていた。

 

 

      再会して

とても苦しいことがあったとき

誰か力を貸してくれたら乗り越えられるかもと思ったとき

近くにいる従妹に連絡した。

そこから父の近況を聞いた。

 

まもなく父は会いにきてくれた。

歳をとって、かっこよくはなかったけれど、

父はかわらず、優しい父のままだった。

 

それまでの苦労を全部父のせいにして責めた。

それを父は受け止めてくれていた。

 

千葉と青森、

離れているけれど、

年に1回は、何かにかこつけて会いに行った。

妹や弟も、父に会わせてあげることが出来た。

 

でも父には、連れがいて、

その娘さんも同じ会社だったということで、親しくしていた。

父は一人暮らし

一緒に暮らそうと言っても、私の世話にはなりたくないと言う。

    

     でもほっとけない!

良い父ではないけれど、受け入れようとしている。

自分も一人だと思ったから。

良い父だと思ってないのに、良い娘になろうとして

良い父とは思っていないから、

その父を利用して

自分を正当化しようとしている。

こんな生き方しかできなかった自分のことを

振り返ってみると

「それでも生きようとしてきたんだね」と思わざるを得ない

自分が、許せないから、

もっと許せない父を受け入れようとしている。

でも別にいいんだ。無理しなくてもいいんだ。